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2012年8月26日日曜日

乙女高原に流星観測に行きました

お盆のお休みに家族で乙女高原に行ってまいりました。
目的はペルセイウス座流星群を観測することです。今回の旅行の発案者は次男であり、ここ数カ月でやたら宇宙に興味を持ちその熱意に賛同していくことになりました。
家族4人での旅行は5年ぶり、本当に久しぶりです。

自分は東北旅行から帰ってきて日も浅い事、そしてなんといっても天候が悪そうだったのであまり乗り気ではなかったのですが、長男の休みがここしか無い事、そしてお天気会社の社員ということで最新の情報を判断して決行することに致しました。

今回は圏央道、中央高速、勝沼から向かうことに致しました。お盆休みだというのに高速もすいていて快適に談合坂まで到達致しました。



 そして今回は流星観測という事で宿無、キャンプという事であります。まず高原に上がる前に温泉に入りさっぱりします。

 ここの温泉は5年ぶりですが、とても良い温泉です。@500
 なんか田舎の家に来たみたいなのんびりした気持ちになれる所です。
 はやぶさ温泉是非行ってみてください。
http://www.hayabusaonsen.com/

温泉でのんびりしましたが、日のあるうちにテントを設営したいです。山道を快適に登り乙女高原に到着しました。キャンプ場に許可を得てテントを設営致します。そして夕食の準備、これを日のあるうちにこなします。
今回あわてて用意したので忘れ物が多々ありましたが、キャンプ場管理の金峰山荘さんにお世話になり焼肉のたれだとか色々頂いてしまいました。有難うございました。
http://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p_8057.html

 天体観測の望遠鏡をセットしたり、おのおの用意しました。
 だんだん日も暮れてまいりました。
 いい感じです。焼肉食え食え(笑) ビールウメ~。

いい感じです。何がってとても良い天気なんです。天気はあまり期待してなかったのですがうれしい誤算です。
 いい感じです。酔っぱらってきました(笑)そして寒い。酒無いぞ~。

 見上げるとものすごい星です。天の川も見えます。
そして流星もかなりの数で飛んでいます。今年は良い事あるかもです。
 日本の国が良い方向に向かえば最高ですね。

ある程度観測して日が変わるころ、自分たちは車中泊、子供たちはテントで就寝しました。







翌朝、乙女高原の朝です。
人造湖の乙女湖の周りを散歩致しました。








もう高原は秋の気配を感じました。とにかく標高が高いので朝は15度くらいだった思います。




テントなど撤収しこの後どうするという事になり、ここら辺の土地勘のある自分が大弛峠に行こうと提案しました。昔まだこの林道が舗装されていなかった頃(30年以上前)バイクで何回か走りに来たことが有ります。また5年前には自転車で登り金峰山往復などもしたことがあります。

峠(2365m)に着いた後、何故か急遽登山になりました(妻は嫌がっていましたが)
ここからは国師ヶ岳まで約50分で登頂することができます。
道も整備されていますし、食料水も十分です。



 結構良いペースで登りました。
手前の前国師岳でカメラを持っていたおじさんに撮ってもらった写真が良い記念になりました。
 そして登頂記念の写真は誰もいなかったのでタイマーで撮りました。
良い記念になりました。
 下山も順調、良い運動になりました。



帰りは塩山市の恵林寺を見学しました。武田信玄ゆかりのお寺であります。

 それにしても下界は暑い。尋常な暑さではありません。
山の上は寒いくらいだったので気温差にくらくらきます。

また温泉につかりたいという事で今度は丹波山村ののめこいの湯を目指します。
塩山から柳沢峠越で一時間くらいで到着できます。

のめこいの湯は奥多摩湖に近く同じ山梨県とは思えませんが、ここの温泉も大変綺麗で良い温泉です。ここ丹波山村は子供たちが小さい時にはよく来た場所で、釣りをしたり、ローラー滑り台で遊んだり懐かしさと良い思い出の場所です。温泉後にビールが飲めなかったのは残念でしたが(笑)

今回妻はかわいそうですが、男三人温泉三昧がとても幸せでした。
こんな事、もうめったにあるかどうかわかりませんが、いつでも声が掛かったら行かれるように色々な面で準備しておこうと思いました。

追伸
家に帰ってからダダこねたことを謝ります。ごめんなさい(笑)








2012年4月15日日曜日

2012年度第1回・自転車活用研究会


【2012年度第1回・自転車活用研究会】
「走りまくり登りまくり書きまくり・・・自転車カリスマ・高千穂遙
吠える」
SF作家・高千穂遙さんが何故ロードバイクにハマったのか。2006年
の「じてんしゃ日記」に始まる数々の自転車本で自転車大好き人間を
量産してきた背景と人生。

講師:高千穂 遙さん(作家)
講師プロフィール:1951年名古屋市生まれ。作家、脚本家。コミック
「じてつう」原作者としては小田原浩二を名乗る。07年から日本SF作
家クラブ会長をつとめた。
自転車関連の著書に「自転車三昧」「ヒルクライマー」「グランプリ」
「自転車で痩せた人」「ロードバイクQ&A」など、もちろんSF作
品は多数。


シクロ鳩森スタジオにて行われました。

競輪選手の裏話だとか、ご自身の身の上話を小林理事長の上手な受け答えで会場を盛り上げたっぷり2時間楽しませて頂きました。高千穂遙先生本当に有難うございました。

その後の懇親会では沢山の方々の自己紹介と名刺交換をさせて頂き、FBでのお付き合いが始まりました。これからも宜しくお願い申し上げます。







2012年1月25日水曜日

Facebook


Facebook登録致しました。
まだ使い方わかりません。

自動でお友達紹介されるし、なんだか怖いような不思議な気分。
勉強しなくちゃ。


2011年8月20日土曜日

次男と福島いわき市へ (思いを馳せる)

いわき市復興支援ボランティアに参加してまいりました。今回は次男と2名での参加です。
今は亡き義父の生まれ故郷という事も有り、微力ながらでもお手伝いできればと言う気持ちで行動したしだいです。
 まず社会福祉協議会に向かいます。受付は午前9時からでしばらく外で待っておりました。
 午前9時近くになると続々と人々が集まってまいります。
 そして本館5階に移動してマッチングという物を行うのですが、立候補するタイミングが難しくどの案件に手を上げればよいのか迷いました。後ほど詳しい事を書きたいと思いますが、運よく立候補した案件に参加出来る事になり車でリクエストのあった場所に移動する事になりました。
 場所はいわき市にある海岸沿いの高校の正門前道路の側溝掃除です。高校敷地内は以前のボランティアさんが掃除を済ませてあるのでしょう、うずたかく土嚢袋が積み上げてあります。
 早速作業に取り掛かりますがすでに11時過ぎです。猛烈な暑さと力仕事にくらくらしっぱなしです。心拍数も異常に高く正直参ったなと思いました。
 作業始めて一時間ほどで昼食です。目の前の浜は夏の最盛期なのに人っ子ひとりいません。誰も海に入っていないのです。海はとても綺麗なのですがあまりの寂しさに気持ちが折れそうでした。
食事を頂いていた場所のすぐ脇には魚網の会社がありました。
 次男はとても優しくて人の気持ちになれる言葉をかけてあげられます。その為年上の人や子供たちからもすぐに打ち解けて色々な事を話して頂けました。
この魚網会社も津波で甚大な被害を受けたそうです。このお爺さんも津波の瞬間、この倉庫から道路隔てた家の屋根まで流された事、助かったのは屋根の上、そして仲間7名は無事であったがその家族には犠牲者も出たという事、すべてが本当に事実で重い話です。



 短い昼食時間が終え、午後の支援に入ります。


 ちなみにこの土嚢袋、一つが20㌔は楽に有ると思います。もう握力は無くなるし汗は尋常じゃないほどかくし、もうボロボロです。
  とんでも無い暑さの中皆必死に力を出し、声をかけ頑張りました。そして埋もれていた側溝が本当に綺麗になりました。午後3時に作業を終え、かたずけをし、30分近くかかりましたが無事社協にもどりました。
 作業道具の返還、数のチェックをして無事終了した事になります。最後にこのチームで記念写真を撮り解散となりました。皆さん本当に良い顔をしています。そして若い人同士は本当に羨ましいというか、メールアドレスの交換をしたりして別れを惜しみながらもまた次の接点を繋ぐようにしておりました。こういう若い方々がいれば日本は必ず良くなると思います。
ボランティア終了後はいわき湯本温泉、駅前のみゆきの湯に立ち寄り汗を流します。
しかし暑い、お湯から出ても汗が吹き出します。

温泉終了後はいわき市内のスーパーで買い出しをして小玉湖キャンプ場に移動しましたが、あたり一面真っ暗、人っ子一人いません。大自然に二人だけ。なんかとっても怖いというか厳しい環境でしたが飲んでしまえばこっちのもんだいという事で焼肉やってたくさん食べ、飲み、色々な事を話しました。
今日見てきた光景、そして自分のこれからの事など普段と違う環境世界の中で、良い関係を作れたのではないかと思います。


二日目は午前5時頃から目が覚めてしましいました。朝食終了後、移動し小玉ダムを見学に出かけました。


ここは鬼が有名らしいですね。ダムを見学して次の目的地、波立海岸を目指します。
ここ波立(はったち)海岸は津波被害が深刻な所でもあります。珍しい地名が妻の旧姓と同じという事で立ち寄ったわけですが、国道6号沿いのレストランは一階部分はめちゃくちゃですが2階は人が住んでいるような光景に出合いました。動画サイトの映像とまだあまり変わらない光景が続いておりまた。


波立海岸から海沿いに小名浜を目指します。海沿いの家、漁港は甚大な被害を受けておりました。数々の迂回をしながら小名浜に到着しました。ここは義父の生まれ故郷、小さい時に海で兄たちと泳いだことなど聞いておりました。しかし12年前、63歳という若さで亡くなってしまったので詳しい事はわからなまま、現実にどういう環境だったのかとても興味が有り現地に赴きました。
現地に車を置き、歩いて小名浜の地を巡ります。50年以上前の景色を想像し、義父の小さかった時を想像し思いを馳せます。
現地の人々に声をかけ色々聞いてみましたが、当時のことを知る人はいませんでした。それでも何となくイメージとして感じることが出来ました。

 わかったことは今の海岸線と昭和初期の海岸線では全然違う事、津波被害を受けた小名浜駅前が海だった事、そして小名浜竹町はかろうじて津波被害を受けておりませんでした。後わずか50メートル程でした。昔の海岸線では小名浜の町は壊滅状態だったと思います。
小名浜駅(貨物駅)

沢山歩いて、市内を見てまわりました。ほとんど人影が有りません。
そこには、必死で生きる人(土木作業者など)と半ばあきらめた人たちが同居する静寂な世界が広がっていました。


小名浜の町を後にして昨日も行ったいわき湯本温泉に向かいます。距離にして7㌔程度でしょうか、元々は常磐炭田があった場所で昔から栄えている街だそうです。でも今は、温泉地なのに夏休み期間なのに観光客は人っ子ひとりいません。いるのは地元のお年寄りと、地元高校生、復旧作業員程度です。
本日お邪魔したのは、さはこの湯温泉保養所です。硫黄の香りが心地良いです。お湯はとても暑く息苦しい程で、隣にいた爺さんは死んじゃいそうだ(笑)と。
湯上りに受付の方々と歓談致しました。それはこちら東京方面とは格段の違いの危機感に溢れていました。津波よりも放射能、孫の事やこれからのいわきの事など、本当に重いです。ただボランティアに来てくれて本当に有難うと心の中から言ってくれて、なんか救われた気がしました。
一風呂浴び、さっぱりして今回のいわき訪問を終えることに致しました。

今回の感じたこと
ボランティアに対して色々な意見や考えもあると思います。 地元の人達の職を奪っているとか、善意の押し売りだとかいう人たちがいるのも事実だと思います。ボランティアに行くよりも東北産のお酒を一本買うほうがよっぽど地元の為になるというような極端な意見も有るようです。本当にそうでしょうか?
 今回何回も有難うを言われました。いわきの為にわざわざ来てくれて有難うと。握手を求められたこともありました。皆それほど地元の事を心配しているのです。心底不安だと思います。だから何とかしたいのです。
自分の気持に正直に行動している若者や自分みたいなおじさん達は決して責めることはできないと思います。国や行政が今のこの時になっても手付かずの場所、人々がいることに気つかず政争に明けくれていること事態が異常です。異常事態だからこそ、本当に微力でも役にたちたいと思う気持ちだけです。
政治家、行政に携わる人達こそ被災地に行って話をして、現状を見るべきだと思います。今何が大切なのか本当に考えてもらいたいと思います。

気付
地元の人達はしゃべりたい。
これは本当に感じました。皆疲れています。現状に嫌になっていると思います。力仕事などのボランティアニーズもそろそろ終了する時期に来ていますのでこれからから心のケアーまではいかなくても話相手程度のボランティアなども良いのではないかと思います。こういう時こそ行政に携わる人々、福祉、心理、法律関係の学生さんなどがボランティアに向かえば地域の人達の心は救われると思います。


ボランティアセンターの現状
今回もニーズと、ボランティアの数とのマッチングに問題がありかなり難航しました、というのも誰でも出来るというか力仕事関係はほとんど無くなってきているのが現状だと思います。今回お邪魔したいわき社協も8月いっぱいでボランティアの受入を終了するそうです。
だけどこれは行政の都合だと思います。現状はもっとニーズは有るはずです。話相手のボランティアでも良いではないですか?
瓦礫や、砂埃で街の中も汚れまくっています。当然家の中も汚れていると思います。大掃除ボランティアなんていうのも良いと思います。お年寄りの方々が多いので必ず受け入れてもらえると思います。被災されていようがいまいが、この地域に入って活動するのです。そうすれば必ず活気は生まれます。とにかく人が入ることが大切だと思います。

以上感じた事を書き並べました。
尚、写真は被災者がいないことを確認してアップ致しました。